お墓まいり 雲あれど晴れ
毎年墓参りは東北まで出かけて源流のご先祖様にもご挨拶をしています。
昨年のお墓参りでは自分の還暦の報告だけでした。
しかし今年は違います。
昨年の墓参り後に帰らぬ人となった姉のこと。父母も姉も患った癌が自分にも生じたこと。定年退職となり仕事環境と収入が変わり普段の生活にも変化が生じたことなど。。。
今年は今までにないほど多くの報告をする墓参りになりそうです。
自分の趣味の一つにドライブがあります。
若い頃のようにMTでタコメーターを見ながら、唸る官能的なエンジン音に酔いしれる。。。
ということもなくなり、いや少なくなりました。そもそも五十代になってから、その手の車じゃなくなりました。
それでもやっぱり車を運転することが好きです。
天気も多少の雲はあるものの晴れ。ハイパー晴れ男の完全復活の感があります。
今回も東北自動車道で時々制限速度+αで走り爽快な気分になりました。
それと各々の地方に好きな道もあります。
今回もその好きな道を走るために少し回り道をしました。その道は小岩井農場に向かう道、それとその周辺の道です。
小岩井農場への道は道沿いが一面のひまわり畑でした。
残念ながら時期尚早だったようでひまわりの花は咲いていませんでしたが、もし咲いていたならソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの名作「ひまわり」で見たような光景が目の前に広がったんだろう、と思うとどこか物悲しい主題曲のメロディーが響きだしました。
右の画像は小岩井農場からの環状線沿いにある有名な一本桜です。
別名南部富士と言われる岩手山をバックにした草原に咲く一本の満開の桜。。。時期であれば圧巻の光景が楽しめそうです。
今年は家族の休みがうまく調整が出来て、異例の嬉しいお盆のお墓まいりとなりました。
ただ一年ぶりのお墓参りは、悲しい報告がありました。
毎朝の神棚とお稲荷様への参拝と、ご先祖様への読経の際にずっと姉の回復を祈り続けていましたが、その願いが叶わずご先祖様の元に旅だったこと。
しかも、例年は8月末から9月頭に行っていた墓まいりが、jijottyが都合がつかず三人で行くことになったので、8月下旬に行くことになり、8月末に息を引き取った姉とのお別れに立ち会えたことの偶然?姉の配慮?も報告しました。
姉の葬儀が終わり少し落ち着きだしたころ、今まで六十年の間一度も考えたことがなかった人間ドックを何故か受ける気になり、そこで見つかった微かな血尿から再検査、レベル1の膀胱癌の診断、そして11月下旬の手術に臨んだことを報告しました。
高校1年生の時に母が乳癌を患い、二十代の時に姉が同じく乳癌になり、父が晩年大腸癌が見つかり、家系的に癌になりやすいと覚悟していたのですが、還暦まで何もなかったので自分は例外?と少し安心した頃の発病でした。
しかし癌を患ってもその後の治療でお命を頂戴してきた家族を見てきたことも影響しているのか、悲観的になることはありませんでした。それもご先祖様の背中が教えてくれたことかもしれません。
最後は定年退職の報告です。
商家に生まれましたから両親に定年はありませんでした。ですから定年退職には疑似体験もありません。その分不安があったかもしれません。
五十一歳の時にトップから請われて転職を決意してから十年。
役付の外様は何かと風当たりが強く、自分にその気は皆無でも相手は出世争いのライバルと敵視し、仕事以外の心労が多い中、きっちり仕事のミッションは達成してきました。
膀胱癌の手術後もトップの要請で異例の出勤をし体を張って仕事をしてきました。
そんな自負と妙な不安もあり、一般と同じ定年退職後の希望者に限り嘱託契約という待遇はないだろうと希望的な観測があったのは事実です。
しかし現実は淡々と嘱託扱いになりました。このことも報告しました。
悲しい報告もありましたが、それ以外は今年も娘達と四人で墓まいりができたことをはじめ、多くのお陰様でと有り難うございますの報告をさせてもらいました。
奥の細道での美味探訪は麺の旅でもあります。
有名な盛岡冷麺はやまなか屋がお気に入りですし、全国の有名ラーメン店が集まる都内でも食べることができない、秋田の十文字ラーメンの名店 三角そばの二店は、娘達の指名店でもあります。
特にラーメン好きの我が家にとって十文字ラーメンは都内、首都圏に代替や類似がありません、まさに年に一度ここでしか食べることが出来ない味です。
ホント美味しかったです、ご馳走様でした。
お宿も定番、日本の宿 古窯。我が家のお気に入りの宿です。
いつもの八月下旬から九月上旬での訪問ではなく、8月9日のお盆シーズンでの初訪問。
流石に繁忙期とあって最上階の7階でお部屋を用意してもらいましたが、蔵王が正面に見えるベスポジとはいかなかったです。
でもこざっぱりとした12畳の和室。
親子四人には必要にして十分。そして何より嬉しいのは近すぎづ遠くもない自然で真心を感じる対応。
この喋りすぎず黙らずの接客が古窯の魅力の一つでもありますね。
お楽しみの夕食は個室ではなく初めての大広間で。
19時からの夕食としたのですが、大広間に行くとステージでサックスの生演奏が披露されていました。
隣の席との間隔がかなりあったので話し声の大きさを気にする必要もなく、ゆったりと食事を楽しむことが出来ました。
まずは古窯オリジナルのお土産に買って帰るほど美味しい食前酒の梅酒で乾杯!
今年も家族揃ってお墓まいりにこれたことに感謝!
初の大広間での夕食を記念して食前酒で乾杯の後の、ノンアルビールとウーロン茶での乾杯もパシャ!
去年はなくて今年あるのが、自宅の夕食時のノンアルビールでの晩酌?!(笑)
何しろ暑いので渇いた体と喉にビールが染みる。
先付けは桜鱒の焼き物、これは塩麹か何かに漬け込んだものじゃないでしょうか、実にまったりとしたいい味でした。
付け合わせにはほおずきの中に苔桃の酢漬けでしょう、さっぱりしてました。
鮑の柔らか煮には豆打豆腐が添えられていました。
季節の野菜と高野豆腐に煮物はしっかりとした出汁で仕立てられていました。
蓴菜の酢の物も珍品、他も古窯ならではの少しだけ強めのしっかしりた風味の美味しい品々でした。
毎年同じのがベニ花サラダと漬物寿司。
それにしても古窯はベニ花、米沢牛、さくらんぼ、山形の漬物と地場の名産、特産品をしっかりメニューに組み込んできます。
この地元の産品を使う、広めようとする地元愛も料理の大切なスパイスですね。
お造りは甘エビ、中トロ、鯉の洗いの三品盛り。
現代のように交通網が整備された時代で効率的な物流が確立されていると、生物の鮮度に関してはそれを売りにする時代ではありません。
海から離れた上山温泉の古窯で供された甘エビも中トロも、その鮮度は捕れたて近く風味も食感も言うことなしでした。
また鯉の洗いも淡水魚にありがちな臭みもなく美味しくいただきました。
メインになる米沢牛のステーキは年々サシが少なく赤身の多い肉になってきてる感じがして好感が持てます。ここではピンクの岩塩とミネラル豊富な海の塩が添えられていて、二種類の塩で楽しむことが出来ました。
美味しい肉は塩が一番が持論ですが、わさび醤油も捨てがたい(笑)
サシが多めの頃は何切れかあげるといって僕に渡していた娘達も、今年の赤身は口にあったらしく完食でした。
さて、我が家にとっての隠れメインがいも煮。
この米沢牛を使ったいも煮の美味しさに惹かれて、この宿のファンになったとも言える思い出の一皿です。
同じ味付けでもその年々の野菜、米沢牛のできによって微妙に味が変わるいも煮。
しかし今年のそれは初めて口にした時の味を彷彿とさせる絶品でした。
お食事は山形のつや姫のご飯に止め椀、そして山形の漬物の香の物。
中でも珍品さくらんぼの漬物が僕のお気に入りで、今回も満足の美味しさでした。
水菓子も古窯オリジナルでお土産にもなってる壺プリン。
これも大好物の一つで他のプリンとは一線を画す表現できない食感ですが、なんとも薄くも濃くもない濃厚な美味しさなのです。
babarinaと娘達はカラメルも、その程よい苦味を絶賛してカラメルとともに食べていましたが、僕はノンカラメル派。
そのままが一番です。
今年も何から何まで本当に美味しくいただきました。
御馳走様でした、有難うございました。
例年は個室で家族まったりでしたが、今年は大広間で他のお客様とともにオープンな雰囲気の中で楽しみました。
場所が違ったので、いつもは朝食ビュッフェでしか通らない春夏秋冬の襖の前を通りました。
そこで各々の文字のイメージを身体で表現して記念にパシャ!
夏の夜にとても似合う提灯。
紅白の提灯はホテルの玄関を賑やかに、宿名の提灯はしっとりと夏夜を彩っていました。
食事の後は玄関ホールでマジックショーでした。
閑散としていた会場も時間が経つに連れて三々五々集まり出し開演前は立ち見が出るほどの大盛況でした。
この日の舞台を勤めたのはMrハテナというマジシャン。
マギー司郎のような訛りのあるマジシャンで、話し方を聞いてるだけでほっこりしました。
寄席でも一席はマジックがあるのですが、それに近いオーソドックスな古典的なマジックでした。
輪っかや紐というシンプルな分見破れそうなマジックにも関わらず、リアルで見ててもわからないその技に思わず拍手と歓声が湧き上がりました。
最後のマジックでは色紙をプレゼントしてもらいました。
良い記念です。
去年もそうでしたが今年も貸切露天風呂を楽しみました。
檜造りのお風呂はゆっくりして四人が入れそうな大きさ。
休みどころには椅子が二脚用意されていて、火照った体を冷やすことが出来ます。
お風呂の鍵を預かる際に冷えたミネラルウォーターを手渡されますが、こういったかゆいところに手が届く心遣いが心に沁みます。
八月十日 今日も快晴なり
数年前から朝食ビュッフェのグレードが上がってきた古窯。
この傾向は今年も続いていました。
定番の山形のだし、小茄子の浅漬け、肉じゃが、ヤスダのヨーグルトは安定の味。
今年の新顔は米沢牛の焼き飯。これが肉の甘みが焼き飯にしっかり染み込んで美味。
さらに揚げたてのキス、オクラの天ぷらも絶品。
豚の角煮も2ランクほど味が上がった感じでした。
もうお昼ご飯はとても無理と思えるほどお腹いっぱい家族四人で食べてしまいました(笑)
古窯恒例の花笠を持っての玄関での記念撮影の前に、娘と母親の三人で正面玄関の蘭の花の前で記念撮影です。
申し合わせをしたわけじゃないようですが、共に黒のワンピースだった娘達。
今年は四人でお世話になりました。
本当に有難うございます、とても楽しく思い出深い山形の旅が出来ました。
古窯さん、また来年四人でお邪魔しますね。
古窯に泊まってグッド山形でお土産を物色、これが我が家のお墓参りの定番です。
グッド山形では果物や野菜、お土産物に山形の特産をその年々で手に入れますが、毎年必ず手にれる、食べるのが丹野蒟蒻の玉こん。
蒟蒻好きの僕にとってここの玉こんは別格、まさにThe蒟蒻なのです。
今回もあれほど沢山朝食を食べたにも関わらず、玉こんは別腹と言わんばかりに美味しくいただきました。
年に一度あるかないかのあてのない旅以外、いく先々をきっちりリサーチして悔いのない旅行計画をするのが常な僕。
結果時間計画も多少のゆとりはあるものの、きっちりしてます。
ドライブは法定速度+αが基本の僕にとって、高速道路で進行方向の前方に警察車両を見つけた時のショックは隠しようがありません。
何しろパトカーを追い抜くことはできません。
この事態が上山から遅めの昼食を予約していた那須高原に向かう東北中央自動車道で起きてしまいました。
それでなくてもグッド山形を予定時刻より遅れて出発し、+αの走行値を上げないといけないと思っていた矢先の出来事。
結果、楽しみにしていたイタリアンランチのリストランテ ラ・ヴィータ・エ・ベッラ那須高原に早めに電話を入れてキャンセルの許可を得ました。
予定時間を30分ほどオーバーして那須高原に到着。
ここでは那須のお土産で僕の一押しのNasuのラスク屋さんに立ち寄り、今の部署のスタッフにお土産を買いました。
お土産はガーリックラスク。これがイタリアンのガーリックトーストのようで美味しいのです、ハイ。
さてパンに詳しくない僕も一口で美味しいと感じたNAOZOのパン。
前に娘達にお土産で買っていったら絶賛されたので、今回は前日から予約を入れておきました。
焼き上がり時刻が決まっているらしく14時の焼き上がりに行ってきました。
予約していたハード系の胡桃とレーズのパンは全員が、というよりパン好きのjijottyは同じものを2個買ってました。
それ以外にベーグルとかマフィンとか、色々買い求めていたようです。
三人とも満足の笑顔でした。
帰路にお気に入りの雰囲気のあるカフェの前を通ったので一枚パシャ。
娘達もその外観が気に入ったようで、車内ではインテリアはどうだった?と話が弾みました。
晩御飯はNAOZOのパンとまる天がいい!の娘達の意見に素直な僕は東北道から北関東道を通って常磐道に入り、まる天のある守谷SAへ。
ここでの一番人気は蛸棒ですが、我が家ではチーズ棒か海老マヨ棒です。
娘達はトウモロコシ天や他の天ものも手に入れてました。
それと後でわかったのですが、東北道の蓮田SAにも伊勢のまる天が出店してる模様。
何も守谷じゃなくてもいいんですね^ ^;;
八月十一日 今日も晴天
基本的に食いしん坊な家族の会話では、どこの店の何が美味しかったというのも多いです。
その中で近頃の僕とbabarinaの一押しが例のラーメン。
煮干し、魚介、昔ながらのどれも合格で、特に煮干し昔ながらは絶品!の話が出て、では自宅からドライブがてら行こうか!と相変わらず腰の軽い家族。
注文は煮干しラーメンが二杯、昔ながらの中華そばを二杯、そして豚めしを二杯。
これをbabarina、jijottyペアと僕とchojolyペア各々でシェア。
結果娘達双方豚めし◎、chojoly昔ながらの中華そばに驚愕、jijottyは煮干しラーメンに感動のようでした。
娘達が戻ってきたらドライブがてら出かける定番のラーメン店が一つ増えた感じです。
さて。。。今回のお墓参りでは過去の旅行でも一度もしたことがない大失態がありました。
それは旅の途中車のトランクの荷物を整理しているときにわかりました。
僕の着替えの洋服や洗面セットが入ったDieselのバッグが見当たらないのです。
途中の行動を考えてみましたが、トランクを開けたのはお墓参りの際とお土産物を買った時。それと出発前の荷物を積み込みむ際です。
この行動のどこかでバッグを積み忘れたかも。。。
お気に入りの洋服やDieselのバッグを失うのは痛いですが、女の子と違い着替えは二日一緒の着た切り雀でもいいでしょう。
大切なのはせっかくの楽しい家族旅行に水を差すようなことにならないこと。
すぐにいつものラテンマインドに戻り、無くなったものは仕方なし、旅行を楽しもう!と旅を続けました。
そして家に戻ってきてリビングのハイチェアーを見てみると。。。旅の途中で無くしたはずのバッグが旅に出かける前のまま鎮座してました。
実は。。。無くなってることに気がついた時の最後の可能性で、この事態も想定していましたが。。。
いやはや、無くしたのではなく持っていくのを忘れていたとは>_<
どうしてもB-O-K-Eの文字が脳裏をよぎります。
さあ、これからは自分の判断と記憶に過剰な自信を持たないようにしなければ、と自戒でした次第でした。
寄席三昧
二つのお気に入り-イタリアンとガーデン
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